第7回JHPS AWARD 審査結果発表

第7回JHPS AWARDの審査結果発表

 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(PDRC)主催の大学学部生を対象としたパネルデータ論文コンテスト第7回「JHPS AWARD」には、11のゼミ(研究室)から11本の応募がありました。所属先など著者情報の匿名性を担保し、公平性を確保したうえで、各審査員による書類審査と審査委員会での合議審査を行いました。厳正なる審査の結果、今年度は最優秀賞(1編)・優秀賞(1編)の計2本の論文を表彰することといたしました。
 受賞論文のみならず、応募論文全体が、PDRCのパネルデータをよく理解した上で、高度な計量分析手法を用い、現代日本の喫緊の課題に切り込む意欲作が揃いました。応募論文の著者の皆さんには、今回の論文作成で培った経験を今後の研究活動や職業生活の場面で活かして、ご活躍されることを心より願っています。


審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ

🏆特賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした。

🏆最優秀賞🏆


~講評~

 最優秀賞の『子育て世帯への現金給付の効果:世帯特性による効果の異質性に関する検証』は、「日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)」を用い、2010年の子ども手当制度導入を自然実験として捉え、現金給付が家計の支出行動、親の時間配分、主観的厚生等に与えた影響を多角的に分析した論文です。
 審査会では特に次の2点が評価されました。第1に、丁寧で緻密な分析の設計です。本研究では、子ども手当の給付増を「理論給付額の差」に基づく連続処置DIDで捉え、平行トレンドも適切に確認するなど、一貫して丁寧な分析の設計が行われています。その過程では、先行研究や制度の詳細を丁寧に確認し、分析の前提を明確にしています。とくに、主眼とする政策以外で同時進行する複数の制度変更(年少扶養控除の廃止や高校授業料無償化など)に目を配り、その影響の除外を試みている点なども評価を得ました。
 第2に、分析から得られた示唆や解釈の提示です。本研究では家計支出のみならず、育児時間や将来への安心感といった主観的指標に至るまで、同一の枠組みで検証しています。その際、所得階層・就業形態・子どもの年齢構成による異質性を整理し、低所得層において教育費を集中的に増加させる「ラベリング効果」の可能性を提示しています。この知見は政策的にも示唆深いものであり、また、通常の経済学の示唆とは異なる結果ではありながら、一定の説得力を持つ解釈を提示している点が高く評価されました。
 ただし、いくつかの課題もあります。まず、他制度との交絡を避けるために分析期間を2009年から2011年の3年間に限定していますが、これにより長期的なトレンドの把握が困難になっています。また、処置強度を処置直前の家族構成で固定して計算している点については、観測期間中の家族構成の変化を考慮して分析することで、結果の頑健性がより明確になるという指摘もありました。さらに、発見された「ラベリング効果」が真に心理的なものか、あるいは家計の支出構造によるものか等については、より厳密に区別する分析があれば、より説得力が増したものと考えられます。
 こうした課題はあるものの、実証研究としての完成度は極めて高く、学部生の水準を大きく超える優れた研究であることから、満場一致で最優秀賞に選ばれました。

🏆優秀賞🏆


~講評~

 優秀賞の『時間外労働の上限規制施行が長時間労働を是とする職場環境と個人の働き方に与える影響分析』は、2019年に施行された罰則付きの時間外労働上限規制が、労働時間という「量的」側面と、職場環境や労働密度という「質的」側面に与えた影響を分析した論文です。2019年の時間外労働規制に着目し、その影響について「日本家計パネル調査 JHPS/KHPS)」を用いたDID分析を通じて定量的に明らかにすることを試みています。
 審査会では、多角的かつ意欲的な分析視点が特に評価されました。規制の直接的な対象者だけでなく、適用除外となっている管理監督者層への「しわ寄せ効果」に着目した点や、独自の長時間労働職場スコアを用いて職場環境(組織の規範)の変化にまで踏み込んだ点は、既存研究にはない優れた着眼点です。また、企業規模による効果の異質性を検証していることや、形式的にハウスマン検定の結果に従うのではなく変数の性質を考慮して固定効果モデルを採用した点は、実証分析への理解の深さを示すものとして評価されました。
 一方で、いくつかの課題も残されています。最大の懸念は、新型コロナウイルス感染症の影響との識別です。政策導入とコロナ禍が同時期であるため、コントロール変数を用いてもその構造的な影響を完全に分離できているかには慎重な解釈が求められます。また、盛り込む内容が多岐にわたるため、とりわけ後半部分では解釈をもう一段丁寧に行うことで、論点の整理と議論の収束がより明確になったのではないか、という意見がありました。さらに、中小企業の定義が一般的ではないことや、管理監督者のサンプルサイズの小ささについても懸念が示されました。
 しかしながら、働き方改革という極めて重要なテーマに対し、パネルデータの特性を活かして副作用まで含めた包括的な検証を行った点は非常に意義深く、総合的に高く評価され優秀賞に選出されました。

🏆審査員賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした。

 なお、今年度は魅力的かつ丁寧な分析を行っている論文が多く、ほぼ全ての論文において学部生のレベルを超えた、極めてレベルの高い論文が出揃いました。オリジナリティが高く、理論的な整理にも優れ、識別戦略も妥当な論文が揃う中で、データの取り扱いや実証分析の緻密さが評価の分かれ目となりました。例えば、論旨は明快で識別戦略も妥当であるにも関わらず、欠損値が処理に疑わしい点がある論文や、差分の取り方が不十分な論文、固定効果の考慮に欠ける論文など、惜しい論文が幾つか見受けられました。こうした結果として、上記の2論文を受賞作と決定いたしました。