第1回JHPS AWARD 審査結果発表

第1回JHPS AWARDの審査結果発表

 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(PDRC)による、大学学部生を対象としたパネルデータ論文コンテスト「JHPS AWARD」には、初年度にもかかわらず多くの大学から優れた論文の応募が多数ありました。審査委員会では、公平性の観点から著者や所属等の匿名性を担保したうえで、学部生を直接指導していない経済学・社会学などの研究者が審査員となって、各応募論文を厳正に審査しました。各審査員による書類審査と審査委員会での合議審査を経て、今年度は、最優秀賞・優秀賞・審査員賞の3編の論文を表彰することにしました。
 応募論文は、いずれもPDRCの提供するパネルデータを適切に統計解析し、学生らしい幅広いテーマから分析・考察を意欲的に進めていました。表彰論文のみならず、応募論文全体を通じて、日本の社会科学分野の大学生の実証研究の水準の高さが示されていました。パネルデータは社会科学の分析に欠かせない基盤となっていますが、パネルデータを用いた優れた研究が大学生から輩出されることで、日本の研究水準の底上げにつながると実感しました。応募論文、とりわけ表彰論文の著者の皆さんに敬意を表したいと思います。


審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ

🏆特賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした

🏆最優秀賞🏆


〜講評〜

 健康寿命の延伸や新技術が雇用に対してどのような影響を与えるかに強い関心が集まる中、学び直しやリカレント教育によって労働者のスキルをいかに形成・維持していくかが大きな課題となっています。最優秀賞の「学び直しへの参加・継続とその効果に関する実証分析」は、この課題に対し、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて、学び直し活動の参加と継続それぞれの決定要因と賃金に与える効果を明らかにすることで、新たな知見を見いだした論文です。先行研究との差別化を図りながら、パネルデータの特性を活かして適切な統計解析手法で慎重に分析しており、全会一致で、最も優れた論文であると評価しました。
 特に、学び直しへの参加要因として心理的側面に着目した点が、本論文のオリジナリティとして意義深いものであったと言えます。加えて、データのハンドリングや分析目的に対するアプローチも適切であること、多面的な検証を行っていることも高い評価につながりました。得られた分析結果それぞれについて、その解釈をより掘り下げることができたら、さらに完成度の高い論文となったと思います。また、欲を言えば、学生らしい斬新な切り口からの分析も加えてほしかったと思います。

🏆優秀賞🏆

「ライフステージで捉える共働き夫婦の課題」 (PDF)
熊本県立大学 松坂空香様

       (写真左)


〜講評〜

 優秀賞の「ライフステージで捉える共働き夫婦の課題」は、「消費生活に関するパネル調査」(JPSC)を用いて本人(妻)、および子どものライフステージごとに、夫婦間の意識や家事・育児分担等がどのように変化していくかを明らかにしようとした論文です。個人の行動を長期間にわたって把握できるパネルデータの特性を活かし、婚姻期間に応じた経年的な変化の推計値を視覚的にわかりやすく図示・考察している点が多くの審査員に高く評価されました。また、出生コーホートごとにデータを分け、世代間での夫婦の役割分担の違いも確認しようとしていることや、先行研究との差別化を図り、ライフステージを子どもの成長からのみではなく、婚姻期間からも捉えようとした分析上の工夫なども表彰の決め手となりました。ただし、統計的に有意でない係数の大きさや変化についても考察していたり、内生性バイアスや統計的検定などの手法面で課題が見られたりするなど、今後の改善点も少なからず審査員から指摘されました。

🏆審査員賞🏆

「ダブルケアの負担感に関する実証分析」 (PDF)
慶應義塾大学 相馬翠月様・荒木莉子様

       (写真左)  (写真右)


〜講評〜

 晩婚化や晩産化が進む中、育児と親族の介護が同時期に発生するダブルケアは社会的に関心が高まっている問題でありますが、これまでは定量的な分析が多くはありませんでした。審査員賞の「ダブルケアの負担感に関する実証分析」は、ダブルケアに直面した当事者が抱えている負担感について、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて明らかにしようとした意欲的な論文です。子どもの成長や介護の程度の変化に伴って状況が変化するダブルケアはパネルデータを用いた分析が有用であり、適切な分析手法でダブルケアの負担感を生活時間とメンタルヘルスの2軸から多面的に検証している点が高く評価されました。介護による心理的負担が育児の喜びによって軽減されているという結果も興味深い知見であると言えます。ただし、多くの審査員から論文におけるダブルケアの定義などについての問題点も指摘されました。