第6回JHPS AWARDの審査結果発表
受賞論文のみならず、応募論文全体が、PDRCのパネルデータをよく理解した上で、高度な計量分析手法を用い、意欲的に分析や考察に取り組んでいました。応募論文の著者の皆さんには、今回の論文作成で培った経験を今後の研究活動や職業生活の場面で活かして、ご活躍されることを心より願っています。

審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ
🏆特賞🏆
残念ながら該当論文は選出されませんでした。
🏆最優秀賞🏆
~講評~
最優秀賞の『COVID-19に伴う追加的な家事・育児負担が日本の共働き世帯の生活や働き方に与えた影響』は、「消費生活に関するパネル調査(JPSC)」を用いCOVID-19による家事・育児負担の増加が共働き世帯に与えた影響を分析した論文です。
審査会では特に次の2点が評価されました。第1に、データの特性を十分に理解し、適切な分析手法を選択している点です。本論文では先行研究をもとに分析テーマを整理し、パネルデータの長所を活かしたマッチングDID分析を採用しています。その際、平行トレンドの検証も丁寧に行うなど、データの特性や分析手法を理解した分析を行っています。第2に、テーマの重要性です。世帯内の役割分担や、男女間の労働の影響の違いは、日本において極めて重要な課題であり、時宜にかなったテーマです。こうした重要な課題に対し高度な手法を用いて分析している点が評価されました。
ただし、いくつかの課題もあります。まず先行研究について、COVID-19の長期的影響を捉えた研究は近年蓄積されており、そうした最新の研究も加味することで、より適切なテーマ設定や包括的な考察が可能になります。また、マッチング後のサンプルサイズが78名と小さい点も課題です。データの質によって、家事育児時間の増加が過大に推計されている可能性があり、女性の正規雇用率上昇など実際の社会動向との乖離も懸念されます。頑健性を確認するために、例えばマッチしないモデルの推定結果との比較や、他のマッチング法を用いた分析、さらには「JHPS コロナ特別調査」などのような他のデータを活用すること等が有益であることが審査会で指摘されました。
こうした課題はあるものの、論文全体の完成度は高く、また、学部生の水準を超える研究であることから最優秀賞に選ばれました。
🏆優秀賞🏆
「同一労働同一賃金はパート・有期・派遣労働者の待遇を改善したか?」
慶應義塾大学 與那覇優棋様

~講評~
優秀賞の『同一労働同一賃金はパート・有期・派遣労働者の待遇を改善したか?』は、同一労働同一賃金に関する政策効果に焦点を当てた論文です。「日本家計パネル調査(JHPS/KPS)」を用い、労働者の能力や役割(無限定性等)などの要因をコントロールした上で、その影響の検証を試みた論文です。重要な政策テーマについて経済学の理論に依拠して検討している点や、タスク指標なども用いながら複数の高度な分析手法を用いて分析している点が特に評価されました。また、分析上の課題に対し、補論などを通じて適切に対処しようとしている姿勢も審査委員から評価され、優秀賞に選ばれました。
一方で、対照群の設定に関する課題が多くの審査員から指摘されました。中小企業の施行1年猶予措置の活用は完全に外生的とは言えず、また、適用のタイミングも必ずしも一様とは言えないため、対照群の選定には改善の余地があります。加えて、1年後には大企業と中小企業の制度適用状況が同一となるため、対照群の妥当性について慎重な検討が必要です。補論でこれら問題への対処を試みている点は評価されますが、政策効果の識別という点では課題が残ることを払拭しきれない点が審査会でも指摘されました。さらに、結果の解釈をより深めることや、同時期に複数の制度変更があった点を考慮し制度をより詳細に確認・分析することが求められます。これら課題は残るものの、政策評価の視点から意義のある研究であり、総合的に高く評価され優秀賞に選ばれました。
🏆審査員賞🏆
~講評~
審査員賞の『Analyzing the Impact of Subjective Well-Being on Consumption -Insights from Machine Learning Predictions and Econometric Models-』は、「日本家計パネル調査(JHPS/KPS)」を用い、主観的ウェルビーイング(幸福感) が消費に与える影響に着目した論文です。一般に、消費は効用を高めるものと考えられますが、本研究ではその逆の視点から、ウェルビーイングが消費行動に与える影響について検証を試みています。このユニークな着眼点が評価されるとともに、機械学習を用いた変数選択への挑戦についても高く評価され、審査員賞に選出されました。
ただし課題も残ります。まず、ウェルビーイングが消費行動に影響を与えるメカニズムについての洞察が不足している点です。理論的な裏付けも含めてより明確に示すことが求められます。また、機械学習を用いる意義や役割が明確でなく、ウェルビーイングや消費との関係について、機械学習がどのような貢献を果たしたかが分かりにくい点も課題として挙げられます。特に、機械学習とパネルデータの関連性が不明瞭であるため、分析手法の意義をより明確にする必要があります。さらに、分析の結果導出される政策的インプリケーションについての議論が不十分である点も指摘されました。これらの課題を克服することで、より完成度の高い研究になることが期待されるものの、独創的なテーマ設定と新たな手法の挑戦などが評価され審査委員に選出されました。