ディスカッションペーパー

「雇用・賃金統計に見る先進各国共通な流れと日本の特異性」

DP番号 DP-2014-006
言語 日本語のみ
発行年月 March, 2015
著者 樋口 美雄・佐藤 一磨
JELコード
キーワード
ダウンロード PDF
要旨

本稿の目的は、国際比較可能な雇用統計・賃金統計を使って、日本、アメリカ、イギリス、
ドイツ、フランスにおける労働市場の動きについて検討することである。この分析の結果、
次の 14 点が明らかになった。
(1)2000 年以降、5 か国における経済成長率は、それ以前に比べ大きく低下したが、そ
れに呼応して、いずれの国においても雇用者数の伸びも低下した。どの国においても、製
造業では雇用は減少しており、とくにアメリカにおいて減少幅は大きい。他方、医療・福
祉分ではいずれの国でも雇用は増えているが、日本においてその増加幅はとくに大きい。
建設業は日本を除いて、雇用はほぼ横ばい傾向を続けている。
(2)各国における雇用者数の減少は、生産量の低下に伴うものであるが、雇用調整の速
度を測ってみると、ドイツを除く、いずれの国において調整速度は速まっており、最適雇
用量に到達するまでに要する時間は短縮されている。
(3)しかし、雇用量の減少はそのまま失業率の上昇につながるわけではない。供給側の
変化によっても失業率は影響を受ける。国により、労働供給の抑制要因は異なるが、これ
が発生している。日本やドイツでは生産年齢人口が減少した一方、アメリカでは女性や若
年層において、就業意欲喪失効果により非労働力化が進展し、労働力が低下している。ま
た 5 か国いずれの国においても、高齢者の就業率は上昇しており、アメリカを除く 4 か国
で、女性の労働力率は上昇しているが、若年層の労働力率は低下している。
(4)平均労働時間の動きを見ると、日本・イギリス・ドイツ・フランスでは過去 20 年間
で労働時間は大きく低下したし、アメリカにおいても若干の短縮する動きが見られる。た
だし日本とドイツではパートタイム労働者の増加がこれに強く寄与しているのに対し、フ
ランス、イギリス、アメリカでは必ずしもパート労働者比率の上昇は明らかではない。
(5)有期契約労働者比率の上昇は日本、ドイツ、フランスで見られる。ただしドイツ、
フランスでは若年層における有期契約の比率が圧倒的に高く、15-24 歳では半数を超えて
いるのに対し、中高年以降になると、この比率は 5 分の 1 程度に低下する。これに対し日
本は、ドイツ、フランスに比べ、若年層における有期契約労働者比率は低いが、中高年に
なっても無期契約への移行割合は小さく、とくに女性において、有期労働者の比率は高い。
(6)経済成長率の低下は、いずれの国においても賃金にも大きな影響をもたらした。た
だしアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスでは名目賃金、実質賃金ともに以前に比べれ
ば、上昇の幅は小さいものの、上昇を続けている。これに対し、日本では名目賃金におい
て大きな低下を示しており、実質賃金でも若干の低下が長期間にわたり続いている。
(7)賃金と労働生産性の伸びを比較してみると、アメリカ、欧州諸国では労働生産性の
伸びを賃金の伸びが上回っているのに対し、日本では生産性伸びを賃金の伸びが下回って
いる。日本と欧州における生産性の伸びに大きな違いは見られず、アメリカにおける生産
性の伸びは生産量の拡大というよりも、雇用の大幅な削減によって起こっている。
(8)わが国における平均賃金の低下は、一般労働者の賃金の若干の低下とともに、パー
ト労働者の増加によって生じている。しかし労働時間を調整した時間当たり労働費用で見
ても、ほかの国では、近年もこれが上昇しているのに対し、日本では低下している。
(9)雇用の伸び率の低下と賃金の抑制は、5 か国すべての国で労働分配率の低下をもたら
した。労働分配率の低下は、とくに日本において大きい。従来は景気が後退して企業の収
益が低下すると、労働者所得は固定費化しており、労働分配率は上昇する傾向にあったが、
近年はそうした動きは見られない。他方、企業収益が上昇しても、労働者所得は必ずしも
上昇しておらず、内部留保が増加する一方、設備投資は増加せず、自己資本比率の上昇に
向かった。
(10)5 か国いずれの国においても、大きさに差があるものの、所得格差の拡大傾向が観
察される。とくにアメリカにおいて、ジニ係数の大きな拡大が観察される。日本において
も税引き前の粗所得におけるジニ係数は大きく上昇しているが、税・社会保険料・社会保
障給付を調整した後の可処分所得ではジニ係数の上昇は緩和されるが、それでも上昇する
動きが見られる。
(11)所得階層トップ1%の人が 1 国全体の所得に占める比率は、とくにアメリカにお
いて大きく上昇している。イギリスや日本においても、その傾向は見られる。
(12)平均賃金格差を属性間で比較すると、学歴間賃金格差は日本を含むいずれの国に
おいても拡大する傾向にある。アメリカでは近年、落ち着きを見せるようになった。
(13)男女間の賃金格差は、いずれの国においても縮小する傾向にある。
(14)日本について、賃金の年功カーブを見ると、年齢においても勤続年数においても、
その傾きは小さくなってきている。他方、同じ年齢、同じ学歴について個人間の賃金格差
を見ると、近年、拡大傾向が観察される。生産性の違いや評価の違いといったこれら属性
以外の個人要因が賃金に強く反映するようになっている。