非正規労働の増加と所得格差:所得格差における個人と世帯――国際比較に見る日本の特徴――
本稿では、近年の非正規労働の増加が個人間の所得格差と世帯間の所得格差にもたらす影
響について、慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターの実施している「日本家計パ
ネル調査(JHPS)」を用いて分析を行う。その結果、非正規労働者の給与所得は所得分布
の下層に集中しており、非正規労働の増加は労働者間の給与所得の格差拡大に大きく影響
していることがわかった。その要因について分析したところ、単に非正規労働者の労働時
間が短いことが原因であるのみでならず、むしろ時間当たり賃金率に大きな格差があり、
それが所得格差拡大に寄与していること、さらに時間当たり賃金率が低い者ほど労働時間
が短い傾向にあることが、給与所得における格差拡大を助長していることがわかった。
一方で、世帯所得にかんしては、非正規労働の拡大は必ずしも格差拡大をもたらす要因と
はなっておらず、非正規労働者が正規労働者と生計を共にし、家計の補助的な役割を担う
場合は、むしろ世帯間の所得格差を縮小させる方向に働くことがわかった。しかしながら、
非正規労働者が家計の主たる稼得者である場合には低所得に陥る確率が高く、ワーキング
プアと非正規労働の関係の強さを改めて確認した。
これらを OECD の加盟各国における分析結果と比較すると、日本では正規労働者と非正
規労働者の間で賃金の格差が大きいこと、しかしながら、非正規労働者が世帯の主たる稼
ぎ手となっているケースが少なく、むしろ家計補助的な役割を担っていることが多いため、
非正規労働者の給与所得が低いにもかかわらず、世帯単位で見ると所得格差を縮小させて
いることが明らかとなった。もちろん、このことは非正規労働者の賃金の低さを是認する
ものではなく、これが高ければ、個人のみならず、世帯単位でも格差の縮小をもたらすこ
とになる。