奨学金受給が高等教育機関卒業後の就業・所得に与える影響
本稿では、慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターが実施している「日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)」を使って、奨学金制度が持つ経済的意義について検証する。ここではどのような人が日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金を受給してきたかを履歴データに基づき検証し、さらに受給した結果、受給せずに高校を卒業し大学に進学しなかった者、受給しないまま大学に進学した者と、学校卒業後どのような経済的違いが発生しているかについて、パネルデータを用いて検証する。その際、進学者のうち、卒業者のみならず退学者も含め、奨学金受給者のその後の就業状態・雇用形態・就職先における年収等を追うことにより、性や年齢、学歴が同じであっても、給与所得にどのような違いが生じているかを検討し、奨学金受給による生涯にわたる返済額と期待生涯所得増加額について比較し、奨学金受給の私的利益について検討することにする。これにより、現行の奨学金制度が、教育を通じた親から子どもへの所得の負の連鎖を緩和する効果を持っているかについて実証分析する。
分析の結果、(1)親の学歴、特に母親の学歴の低い子どもほど、大学進学者に占める奨学金受給者割合が高いこと、(2)高卒者と比べて、奨学金を受給して大学に進学し卒業した者は非正規雇用になりにくいこと、(3)同じ大卒者であっても奨学金受給者のほうが無業者(失業者や休業者、専業主婦を含む)になる確率や非正規雇用になる確率は低いこと、(4)反対に、大学中退者は高卒者と比べても無業者や非正規雇用になりやすいことが確認された。年収に関しては、(5)他の条件が同じであっても、高卒者と比べて大卒者は年収が高く、(6)一方で大学中退者は、高卒者と比べて年収が低く、(7)さらには同じ大卒者であっても、奨学金受給者のほうが年収は有意に高いことが確認された。(8)時間当たり賃金に関しては、高卒者と比べた場合、大卒者は時間当たり賃金が高いこと、(9)そして奨学金を受給している大卒者のほうが非受給大卒者より賃金が高いことが検証された。さらに、日本学生支援機構の奨学金の拡充や基準の緩和、労働需要構造の変化の影響を検証するため、(10)年齢階層ごとに奨学金受給者と非受給者との間の雇用形態や賃金等の差を検証した結果、20代から50代にかけては若い年齢層において差が拡大していることが確認された。(11)期待生涯所得と返済額を比べ、奨学金のネットの私的利益率を推計すると、現在割引率や物価上昇率がゼロとすると、プラスになっている。しかし物価上昇率がマイナスのデフレ経済下においては、この関係は大きく変わることが考えられる。今後は流動性制約の視点から高等教育進学の断念やデフレ下における返済額の実質的増加、失業や非正規雇用の増加が考えられるため、所得の急減による返済不能に対する対策(所得連動返還方式)や給付型奨学金制度についての検討が必要である。