ディスカッションペーパー

日本の高齢者の就業行動・引退行動:パネルデータを用いた属性要因・政策効果の実証分析

DP番号 DP2020-002
言語 日本語のみ
発行年月 May, 2020
著者 佐藤一磨、深堀遼太郎、樋口美雄
JELコード J08; J14
キーワード 高齢者就業;サバイバル分析;公的年金制度
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要旨

日本では高齢者の就業意欲が強く、企業の雇用促進に対する施策への期待が個々人の視点からも、また政府の視点からも強まっている。だがその一方で、高齢者の就業行動・引退行動は多様であり、それぞれのプロセスやこの選択に与える要因は必ずしも、十分に明らかにされているとはいえない。例えば、それまでの就業経験や所得・資産状況、健康・メンタルヘルスの状況、さらには企業における仕事の内容、や雇用制度、そして雇用政策や年金制度が個々人の就業行動や引退行動にどのように影響しているかを検討することは、高齢者雇用をさらに促進し、人々のウエルビーイングを高めるためにも必要である。本稿では、これらの点を明らかにするために、厚生労働省のパネルデータである「中高年者縦断調査」を使い、サバイバル分析を行うことによって、個人や世帯の経済要因、企業の人材活用の在り方、年金や雇用政策といった政策要因が高齢者の就業行動・引退行動に与える影響について検証する。そしてさらに個人の資産状況や所得・賃金等の高齢者雇用に与える影響を特に取り上げ、公的統計等を使うことによってその変化を見通し、今後の高齢者雇用の在り方について検討する。
分析の結果、個々人の経済状況や主観的健康状態、メンタルヘルス、金融資産・実物資産、さらには仕事の中身である人的資産の活用方法が高齢者就業や引退行動には大きな影響を及ぼすことが明らかにされる。厚生年金の受給資格要件の変更や資格の有無、受給年齢の引上げは高齢者の就業行動・引退行動に影響を与えると同時に、企業の高齢者雇用制度、そしてそれに変化をもたらす高年齢者雇用安定法の2013年改正は、個々人の高齢者就業や労働市場からの引退行動に統計的に有意な効果をもたらす。特に定年制の廃止や定年年齢の引き上げ、再雇用制度の導入は個人の引退行動に有意な影響を及ぼす一方で、勤務延長制度の実施企業は多くはなく、引退抑制効果は限定的であることが明らかにされる。そして、それまで培ってきた職業能力を勤務先で十分に活用し、発揮できることによる満足度の高い労働者は継続就業しやすいことも明らかになった。
我が国では、平均寿命が延びる一方、以前に比べ、収入や実物資産が減る中で、老後の備えを十分持たず、退職金や公的年金収入に頼り、支出を切り詰めている高齢者が増えることが予想される。多様な経済状況や価値観を持つ高齢者のウエルビーングを高めるためにも、多様で柔軟な働き方を認める雇用機会を用意していく必要があり、企業は若い時からの人材育成・キャリア形成を可能にする雇用管理制度に変えていく必要がある。今後の財政状況を加味すると、高齢者の雇用促進は益々もって重要となり、その実現のためには企業や政府は有効な諸施策を講じていく必要がある。