第5回JHPS AWARD 審査結果発表

第5回JHPS AWARDの審査結果発表

 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(PDRC)主催の大学学部生を対象としたパネルデータ論文コンテスト第5回「JHPS AWARD」には、例年以上に多くの学生から論文の応募が多数ありました。所属先など著者情報の匿名性を担保し、公平性を確保したうえで、各審査員による書類審査と審査委員会での合議審査を行い、厳正なる審査の末、今年度は、特賞(1編)・優秀賞(1編)・ 審査員賞(1編)の計3本の論文を表彰することとしました。
 受賞論文のみならず、応募論文全体が、PDRCのパネルデータをよく理解した上で、高度な計量分析手法を用い、意欲的に分析や考察に取り組んでいました。応募論文の著者の皆さんには、今回の論文作成で培った経験を今後の研究活動や職業生活の場面で活かして、ご活躍されることを心より願っています。


審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ

🏆 特賞 🏆


~講評~

 特賞の『無期転換ルールの政策評価―当該制度が労働者の仕事・生活の質と雇止め発生確率に与える影響の実証分析―』は、日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)の個票データを用いて、2013年の労働契約法の改正(無期転換ルール)の政策評価を行った論文です。とくに(1)雇用転換の決定要因、(2)雇用転換が年収・仕事満足度・雇止めの発生に与えた影響、(3)法改正が雇止めの発生確率に与えた影響を分析しています。本論文の優れた点として、審査会では次の2点がとくに評価されました。
 第1に、テーマの重要性です。本論文は、重要な法改正である労働契約法改正による無期転換ルール導入に焦点を当てています。この法改正の影響について実証分析の蓄積は十分とは言えない中、個票データを用いて綿密な分析を行っています。分析の結果、法改正が雇止めの増加をもたらした可能性を示唆しており、大変興味深い分析結果を得ていることも評価されました。第2に、データの特性を活かした適切な分析手法の選択です。本論文では、パネルデータの特質を活かしたイベントスタディ分析を実施しており、その際、平行トレンドの確認なども丁寧に行っています。パネルデータの長所を理解した上で適切な分析手法を選択するとともに、その分析手法の留意点についても理解し、実践している点が高い評価を得ました。
 ただし、本論文には課題もあります。例えば、理論的背景について丁寧に考察するあまり怠業モデルに過度に依拠していることや、平行トレンドのチェックを踏まえた対応については不十分な点が残されていること、サンプルに60歳以上も含まれていることなど、いくつかの課題が審査委員から指摘されました。しかしこうした課題が前述の評価を損なうものではなく、また、学部生のレベルを大きく超えていることから満場一致で特賞に選ばれました。なお、過去のJHPS AWARDでは特賞は該当なしが続いていましたが、本論文は上述した点が特に秀でており、また、重要な法改正について多くの興味深い分析結果を提示していることから、初の特賞選出となりました。

🏆最優秀賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした。

🏆優秀賞🏆


~講評~

 優秀賞の「COVID-19感染拡大に伴い発生した失業が主観的健康度とメンタルヘルスに与えた影響」は、COVID-19感染拡大に伴い発生した失業が主観的健康度とメンタルヘルスに与えた影響について分析した論文です。就業形態によって影響が異なることに着目した点や、COVID-19に伴う外生的な失業に焦点を絞るためにサンプルを慎重に選んだ点、モデルや変数の選択などについても丁寧に説明している点などが審査委員から評価され、優秀賞に選ばれました。
 ただし、サンプルや変数の扱いなどについて課題も指摘されました。とくに「COVID-19による失業者」と「それ以外の理由による失業者」を比較すべきところ、「失業しなかった人」なども含んで比較している点については改善が求められます。また、失業を経験したサンプルが非常に少ない点も論文の課題として指摘されました。とくに日本の場合、諸外国と比べるとCOVID-19による失業は少なかったことが知られています。失業以外にも、例えば労働時間の変化や休業等に着目することで、更なる研究の拡がりが出ることなども審査会で言及されました。

🏆審査員賞🏆

「寝だめ時間に関する実証分析」
慶應義塾大学 星出真矢様


~講評~

 審査員賞の「寝だめ時間に関する実証分析」は、「寝だめ」に着目し、その決定要因やウェルビーイングに与える影響等について検証した論文です。その着眼点のユニークさが審査委員から評価されるとともに、多くの変数に注目して分析することで興味深い分析結果を得ている点なども評価されました。
 ただし課題として、寝だめだけでなく総睡眠時間による影響を考慮していないことについて、複数の委員から指摘がなされました。寝だめの決定要因やウェルビーイングへの影響を検証する以上、睡眠時間全体の水準による影響は重要です。その考慮や対応が必要だとの意見が多く寄せられました。その他、平日と休日との間の睡眠時間の差が僅かであること、寝だめ時間を分位で相対的に比べることの意義などについても吟味が必要であることなどが各委員から言及されました。