第4回JHPS AWARD 審査結果発表

第4回JHPS AWARDの審査結果発表

 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(PDRC)主催の大学学部生を対象としたパネルデータ論文コンテスト第4回「JHPS AWARD」には、一昨年・昨年と同様、様々な大学・学部・学年から論文の応募が多数ありました。所属先など著者情報の匿名性を 担保し、公平性を確保したうえで、各審査員による書類審査と審査委員会での合議審査を行い、厳正なる審査の末、今年度は、最優秀賞(1編)・優秀賞(1編)・ 審査員賞(1編)の計3編の論文を表彰することとしました。 受賞論文のみならず、応募論文全体が、PDRCが提供するパネルデータをよく理解し、適切な計量分析手法を用いつつ、分析や考察を意欲的に取り組んでいることを感じました。応募論文の著者の皆さんには、今回の論文作成で培った経験を今後の研究活動や職業生活の場面で活かして、ご活躍されることを心より願っています。


審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ

🏆特賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした


〜講評〜

 最優秀賞の『禁煙と適正体重のトレードオフ関係と性格特性-「日本家計パネル調査」を用いた禁煙と肥満のメカニズムとそのプロセスの実証分析-』では、日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)を用いて、禁煙行動が肥満に与える影響について、時間割引率や性格特性といった要因にも着目しながら分析しています。本論文の優れた点として、審査会では次の3つの点が評価されました。
 第1に、テーマの独創性です。本論文は、喫煙・禁煙と肥満の関係について、その潜在的メカニズムまで検討しながら分析を行っています。とりわけ喫煙ではなく「禁煙行動」に着目した点や、時間割引率など性格特性も加味した検証を行っている点が高く評価されました。禁煙や肥満に注目した先行研究は多くあるものの、禁煙と適正体重のトレードオフの可能性を指摘し、メカニズムも考慮して議論している点にはオリジナリティがあり、評価を博しました。
 第2に、適切な研究過程です。本論文では先行研究を丁寧にレビューし、問題意識やリサーチクエスチョンを明瞭に示しています。その上で、テーマに即して適切なデータや変数を選択し、固定効果モデルや変量効果モデルといった分析手法なども用いながら解明を試みています。そうした丁寧な研究姿勢が高く評価されました。
 第3に、データの特性を活かした点です。本論文では、非喫煙者・喫煙者・禁煙者の肥満を単に比較するだけではなく、同一個人の禁煙前後の肥満を比較しています。また、性格特性を考慮した分析では、時間割引率やビックファイブなど、データにある有用な情報を活かした工夫を施しています。パネルデータの長所や、JHPS/KHPSが持つ情報量をうまく引き出した研究として高く評価されました。
 なお、本論文には課題もあります。例えば、リサーチクエスチョンと推定式式が必ずしも合致していない点や固定効果・変量効果モデルの扱い方、禁煙の内生性の問題など、いくつかの課題が審査委員から指摘されました。ただしこうした課題が前述の3つの評価を損なうものではなく、満場一致で最優秀賞に選ばれました。

🏆優秀賞🏆

「働き方改革が消費行動に与える影響についての実証分析」
慶應義塾大学 伊藤万輝様・小野隆太郎様・金山太一様・野々村百華様


〜講評〜

 優秀賞の「働き方改革が消費行動に与える影響についての実証分析」は、日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)を用いて、働き方改革の影響によって労働者の消費行動にどのような変化が生じたのかに着目した論文です。本論文は、理論的考察をおこなった上で、それに基づいた処置群・対照群を設定しています。働き方改革が消費行動に与える影響を解明しようとする点は斬新で重要なテーマ設定をしており、また、自然実験をうまく使っているほか、平行トレンドの仮定の検証や傾向スコアによる加重推定なども丁寧に行うなど、その意欲的な内容と手法への挑戦が審査委員から高く評価され、優秀賞に選ばれました。自己研鑽(=リスキリング)という点に着目してインプリケーションを出している点もタイムリーな話題であり、評価されました。
 ただし、幅広い先行研究のレビューや専門的な理論考察をしている点に対しては審査員から高い評価が得られた一方で、検討している理論の正確性や、処置群・対照群の設定の適切性、働き方改革の効果が即座に消費に現れる仮定の妥当性などについては課題もあり、更なる吟味と検討が必要である点も審査会で指摘されました。

🏆審査員賞🏆


〜講評〜

 審査員賞の「健診(検診)の受診に関する実証分析」は、健診(検診)の受診行動や、健診受診後の受療行動の規定要因について、日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)を用いて分析した論文です。国内の先行研究を広くカバーし、検討すべき要因を丁寧に検討している点や仮説を検討した上で適切な手順で分析を行っている点が評価されました。また、医療費適正化や検診受診率の向上といった社会的・政策的に重要な課題がある状況下で、健康診断の受診行動のみならず受診後の行動にも焦点をあてている点も評価されました。
 ただし、理論的考察に基づいた仮説構築や分析結果の解釈について改善すべきとの意見が委員から寄せられました。理論的考察をもとに検証テーマをより明確に整理することで、例えば各推定結果の間に見られた相違や、結果同士の関係への考慮、各分析結果の背後にあるメカニズムへの言及などが一層明らかになる点について指摘がありました。また、性格特性や個人の状況(例えば勤め先企業が定期健康診断を義務化しているかどうか)など、個人属性に関する考慮や分析結果の解釈などについても吟味が必要であることが審査委員から指摘されました。