第3回JHPS AWARD 審査結果発表

第3回JHPS AWARDの審査結果発表

 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター(PDRC)主催の大学学部生を対象としたパネルデータ論文コンテスト第3回「JHPS AWARD」には、一昨年、昨年に続き、様々な大学・学部・学年から優れた論文の応募が多数ありました。これまでと同様に、所属先など著者情報の匿名性を担保し、公平性を確保したうえで、各審査員による書類審査と審査委員会での合議審査を行い、厳正なる審査の末、今年度は、最優秀賞(1編)・優秀賞(1編)・審査員賞(2編)の計4編の論文を表彰することとしました。  受賞論文のみならず、応募論文全体が、PDRCが提供するパネルデータをよく理解し、適切な計量分析手法を用いつつ、独創性のあるテーマに対して、分析や考察を意欲的に取り組んでいることを感じました。応募論文の著者の皆さんには、今回の論文作成で培った経験を今後の研究活動や職業生活の場面で活かして、ご活躍されることを心より願っています。


審査委員長
チャールズ・ユウジ・ホリオカ

🏆特賞🏆

残念ながら該当論文は選出されませんでした

🏆最優秀賞🏆


〜講評〜

 近年、フリーランスやギグワーカーなど雇用によらない働き方が日本でも大きく注目されています。こうした社会的潮流を踏まえ、最優秀賞の「最低賃金が請負業主の賃金分布に及ぼす影響」では、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて、最低賃金の引上げによる請負業主の賃金分布への影響を検証しています。本論文の優れた点として、審査会では次の3つの点が評価されました。 第1に、理論の応用です。本論文は、発展途上国研究で議題となるインフォーマルセクターと日本の請負業との間に類似性を見出した上で、それらインフォーマルセクターに関する理論を日本の労働市場に応用して実証しています。インフォ-マルセクターでの労働も日本の請負業も最低賃金が直接的には適用されない点で共通しており、日本の最低賃金の段階的な引き上げが請負業主の所得にどのような影響を与えたかを国内外の先行研究に倣いながら検証しています。こうした理論の応用が特に高く評価されました。 第2に、データの特性を活かした点です。雇用によらない働き方への関心が高いにも関わらずその実態把握が難しい理由の1つは、データ面での制約です。JHPS/KHPSは、請負業も含めた就業形態を詳細に把握でき、かつ就業形態別の分析も可能なサンプルを有する数少ない二次分析に利用可能なデータです。さらにパネルデータゆえ、各変数の時点変化を追うことができます。本論文は、このようなJHPS/KHPSが持つ情報量とその適用可能性を最大限に引き出した研究として高く評価されました。 第3に、適切な論理展開や分析手法です。本論文では、上述のリサーチクエスチョンに照らし適切に分析対象を設定した上で、変数を丁寧に選択し、適切な推計方法で分析しています。頑健性の確認も行われており、実証研究として適切な過程を踏んでいる点が評価され、優れた論文であると審査委員の意見が一致しました。 ただし、分析対象である製造業の請負の実態について詳細に言及されていないという課題もあります。日本の製造業における請負で働く労働者像の検証や、他の最低賃金近傍層の属性との比較といった緻密な検証を追加することで、より完成度の高い論文になったのではないかという指摘もなされました。

🏆優秀賞🏆

「金融政策ショックに対する消費支出の異質的反応」 (PDF)
横浜市立大学 加納怜様・髙橋淳様

※写真左から髙橋様・加納様

〜講評〜

 優秀賞の「金融政策ショックに対する消費支出の異質的反応」は、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて、外生的な金融政策ショックに対する消費支出の反応について検証した論文です。家計の異質性に注目し、負債を抱えている家計と金融資産を多く保有している家計の反応が異なるという結果を得ています。本論文は、先行研究をサーベイした上で明確なリサーチクエスチョンを設定し、理論から代替効果と所得効果の可能性を議論し、そこから導き出した仮説を実証分析で確認しています。こうした一連のプロセスが適切かつ丁寧になされている点が高く評価されました。加えてテーマの重要性や着眼点も審査委員から評価され、優秀賞に選ばれました。 ただし、本論文は専門的な理論モデルの検討を行った努力や意欲に対しては審査委員から高い評価がなされる一方で、参照している先行研究に対する理解が不十分ではないかという懸念も指摘されました。先行研究のさらなる検討や、モデルの精緻化を行うことで、さらに良い研究になることが審査会で指摘されました。

🏆審査員賞🏆


〜講評〜

審査員賞の「転職がワーク・ライフ・バランスに与える影響―満足度と家事育児時間の観点から」は、転職がワーク・ライフ・バランス(WLB)と男性の家事育児時間に与える影響について、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて検証した論文です。重要なテーマを扱い、パネルデータの利点を活かした分析を行っている点が評価されました。性別や離職理由(自己都合かどうか)の違いを考慮するなどのオリジナリティを出す工夫がみられ、転職がWLBに与える影響は男女間で有意な差があることを明らかにしています。また、適切な手順で論理が展開されている点も評価されました。 ただし、この論文で主軸となる「WLB満足度」の概念の定義付けおよび変数化には、より詳細かつ丁寧な吟味が必要だという意見がありました。たとえば、「WLB満足度」を仕事と生活に分けた場合や、自発的・非自発的転職理由の内訳についての推定を行うことで、さらに踏み込んだ分析ができるのではないかといったものです。「WLB満足度」は、この論文の主軸をなす重要な概念であることから、先行研究や理論的な検討も含めてより緻密な検討を行う必要性が審査委員から指摘されました。

🏆審査員賞🏆

「労働や家事・育児が睡眠時間に与える影響についての実証分析」 (PDF)
慶應義塾大学 伊藤由理花様・大堀敦士様・笠原樹様・兼本優様・松本萌香様

※写真左から松本様、伊藤様、大堀様、兼本様、笠原様

〜講評〜

 審査員賞の「労働や家事・育児が睡眠時間に与える影響についての実証分析」は、「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)を用いて、労働と育児・家事が睡眠時間に与える影響について分析した論文です。非常に面白くかつ重要なテーマに取り組んだ意欲的な論文であり、パネルデータの特性も十分に活かせている点が評価されました。 ただし、働き方改革が人々の労働時間を外生的に変化させたという仮定の妥当性について課題が指摘されたほか、逆因果の検証や分析モデルの精緻化などの必要性も指摘されました。こうした課題の克服のためにも、先行研究のサーベイや理論モデルの検討をより吟味して行うといった改善点が見られました。